三田青磁保命酒徳利

【時代】 江戸末期
【寸法】 高:18.0㎝ 容量:300㏄ 重量:370ℊ 
【箱 】 合わせ箱
【来歴】 有りません
【状態】 口辺にニュウ


【価格】 お買い上げ頂きありがとうございます 

【説明】 昨年2023年は保命酒誕生365年でした。地元鞆の浦では長期に渡る鞆徳利展が行われ、地元ではにわかに再ブームの兆しです。
 保命酒は鞆の浦で生産された薬種で、その保命酒を詰めた徳利を俗に鞆徳利と呼びます。勿論鞆で焼成された徳利も有りますが、鞆以外の多くの窯場で作られた鞆徳利も存在します。最も多いのが備前焼で、ついで地元備後の岩谷焼、四国の砥部焼、兵庫の三田、など様々な産地の徳利があります。これは保命酒が当時大変に有名で、お土産や贈答品として全国へ出荷されていたためです。当時は身分社会でもあり、大名や公家向けの贈答用の徳利、はたまた庶民の土産用の徳利と差別化を図りました。
 本作は兵庫県の三田で焼成された保命酒瓶です。三田は江戸時代の後期、寛政頃に窯を開き、文化文政期に最盛期を迎えました。天龍寺青磁に似た釉調の物が代表的で、優品も生まれた窯です。
本作は胴に「生玉堂醸」と有り、これは当時鞆で一番の保命酒と云われた「中村屋」の屋号で、現在は保命酒屋と屋号を変えています。昔から鞆徳利を集めていたコレクターの間では「生玉堂」の文字が有るか無いかで大きく評価が違いました。これは現在でも変わりません。
 次に本作の一面に書かれている漢詩ですが「漢蘭琉球諸藩購求齏屠誇龍珍奇」とあり、大意としては「漢、蘭、琉球、諸藩に買い求められ、持ち帰ってその珍奇を自慢している。」と言った感じです。本当にオランダまで持ち帰っていたかどうかは分かりませんが、アメリカのペリーが来た時には食前酒として保命酒が用意されたのは史実です。
 本作は口辺にニュウが有ることを除けば、上りも非常に良く、「生玉堂」に漢詩と面白い意匠が有り、サイズも非常に良くて使いやすい物です。

【雑感】 私は基本的に保命酒徳利は使えるサイズにしか興味が有りません。それはどうしても大きい物は野暮ったく見えてしまう、という点と、元々酒徳利として作られている為に非常に使いやすいという点です。使えるサイズとは私の場合に二合~三合辺りの容量を指します。独酌や二三人で飲むのに丁度良いからです。
 本作を初めて見た時、「使ってみたいな」と素直に思いました。こういう物は中々有るようで無い物だと私は考えています。

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